星崎城址記念碑
ずっと昔に,笠寺小学校の場所にはお城があり,多くの人々が生活していました
「尾張志」に,南を大手口(正面)とし,西及び南に堀を巡らして,南北約61メートル,東西約47メートルとある。
城主は,初代岡田直教,その子直孝,その弟善同とつづいた。天正12年(1584)より山口重勝,ついで重政が城主になったが,天正16年,重政が伊勢の国茂福に移り,廃城となった。
名古屋市教育委員会
と説明があります。詳しくは,星崎城の説明ページにあります。